私たちの様な小さな会社でも当然ながら
時々退職してゆく人が現れます。
時々退職してゆく人が現れます。
稀にあまり良い感情を持てないことも無くはないのですが、
まぁそれでも組織としての新陳代謝として前向きに受け止め、
まぁそれでも組織としての新陳代謝として前向きに受け止め、
前途に幸多かれとの思いで送り出してきました。
つい先日も特異な才能を持った男が演出家を志して卒業して行きました。
去って行くにあたり
彼が全社員に向けて放った挨拶文は映像制作に対する愛を抱え込み
且つ仕事というものの本質、或る真理を突いたものでした。
彼が全社員に向けて放った挨拶文は映像制作に対する愛を抱え込み
且つ仕事というものの本質、或る真理を突いたものでした。
この先、彼が抱いた様な思いをもっともっと
内包した集団でいたいものだとの感情が
些かの痛みと共にゆっくりと静かに突き上がってきました。
以下、本人の「こっぱずかしいけど」との
註釈付きの承諾を受けて掲載させて頂きます。
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僕が入社試験を受けたとき、たしか志望動機に、
いい映像を作って、広く世の中に届ける。
それが出来るから、ここでCMをつくりたい。
…というようなことを書いた記憶があります。
そのときは制作部の仕事のことなど何もわかっておらず
正直なんとなく書いたことだったはずですが、
曲がりなりにも9年やってきた今、思い返すと、
いい映像を作って、広く世の中に届ける。
9年間、それしかやってないです。
今まで関わらせてもらった仕事は全て、
(自分の働きについての反省はあるにせよ)
少なくともおれはこれを一緒に作ったのだ、
と誇れるものばかりです。
こんなに嬉しいことはないです。
そしてこれがうまく言えないのですが
例えば自分が半分白目を剥き、
足を引きずりながら探した公園が、
例えばそこの木立が人物のヌケで風にそよぐさまが、
その映像をフと見たどこかの誰かを少しでも(無意識にでも)
救うことがあるかもしれない、
と思えること…というか何というか、
そういう、"いい映像"への信頼というか、
信仰みたいなものが、
スプーンにいる間にどんどん強化された気がします。
その時その時は辛さや申し訳なさで毎晩
金縛りに遭っていたとしても
見返すと、思い返すと、笑って話せる…
というのはこういうことなのかなと、
思ったりします。
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