「屋根の上のおばあちゃん」という本

Text by 向井 潤一

今のスプーンの礎となる数々のお仕事をご一緒してきた
藤田芳康さんが執筆された小説について、
弊社創立メンバーの1人で現相談役の向井による
”ゆるり文章”でご紹介させて頂きます。

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本日は、最近出版された新刊本を一冊、ご紹介いたします。
河出書房新社より10月29日に発売になりました
屋根の上のおばあちゃん」という本です。

これは、この春に第一回京都文学賞の優秀賞を受賞した小説でして、
京都の太秦を舞台にしたあるおばあちゃんの半生が描かれております。
そのストーリーには、活動写真や弁士やフィルムやその現像の話などが、
大事な要素として関わりあっておりまして、
涙あり笑いありちょっと考えさせられるところありの、
ハートウォーミングな物語となっております。

そこで、この本がどのような背景で世に出たかについて、ちょっと解説しますね。
まず、小説の著者の藤田芳康さんという方は、
長年にわたり私たちの仕事におけるパートナーであり、友人でありまして、
かれこれ30年にも及ぶお付き合いになります。

私たちがspoonを立ち上げたその頃、
彼は30歳くらいで、ある食品企業の宣伝部員でコピーライターでCMプランナーであり
出会ってからいきなりたくさんのCMを制作することになりました
それからしばらくして、彼は企画だけでなく演出も手がけるようになり、
いろいろな傑作CMを一緒に作ることになります。

この人が突然に演出という仕事ができたのには、それなりの理由があるんですが、
まず広告の仕事をしながら、実に多くの映像作品を研究していたことがあります。
映画も、ものすごい本数を観ているし、
鈴木尚之さんという有名な映画脚本家のお弟子でもあり、
シナリオを書く勉強を長く続けていました。

そんな中、1998年に藤田氏が書いた「ピーピー兄弟という脚本が
サンダンス国際映像作家賞を受賞するんですね。
やがて2001年、藤田芳康監督・脚本の映画「ピーピー兄弟」は制作公開され、
私たちもお手伝いすることになります。

その後も、彼は広告の仕事をしながら、脚本を書き続けていました。
時々読ませてもらってましたが、そのシナリオには独特な世界観があり、
ものによっては小説にしてみたらどうかと話したりしてたんですけど、
そんな中に「太秦ー恋がたき」という話があったんですね。

彼はCMディレクターとして、長くこの会社の日本茶を担当していて、
その企画の舞台はすべて京都だったんです。
大阪の出身であることもあり、京都のことはかなり研究していて、大好きな映画の話と絡めて、
自身のおばあちゃんのエピソードを交えて、「太秦ー恋がたき」というお話ができていました。

昨年の秋頃にこの小説の原型を読ませていただき、
この年にできた京都文学賞という賞に応募したいと聞いたときに、
これはひょっとすると獲れるんじゃないかと思ったんですが、
実際にはずいぶんたくさんの作品が応募されたようです。

今年の1月に最終候補の5作品に残ったというニュースは快挙でしたね。
それから今年のコロナ禍の中、4月に授賞式があって、出版が決まり、
半年ほどして題名が「屋根の上のおばあちゃん」になり、
10月の末に本屋さんに並んだわけです。
そして、11月の28日にはこの本が京都の丸善で1位になったとの朗報が入ったんですが、
小説が一冊の本になるには、結構時間もかかり、
いろんなプロセスがあるもんだなということがよくわかりました。

ともかく、なかなか良書なんで、是非読んでもらえたらと思います。