イベントレポート:奥山由之@テアトル梅田
2024.11.17
【第3回】11月17日(日)12:05の回 @テアトル梅田
ゲスト:奥山由之監督
11月15日から東京・テアトル新宿と109シネマズ二子玉川、そして大阪・テアトル梅田の3館から上映がスタートした『アット・ザ・ベンチ』。公開3日目となる11月17日には、大阪のテアトル梅田に奥山由之監督が単独で登壇。大阪でも指折りの観光名所である梅田スカイビル内で営業されている同映画館のロビーには多種多様な椅子が点在。映画上映前、あるいは上映後にも、くつろげるようなつくりになっているなど、まさに本作を鑑賞するのにピッタリな環境で上映が行われている。
この日のチケットも完売で、会場内は満席。映画上映後、大きな拍手に迎えられてステージに登壇した奥山監督は「はじめまして。今日はお忙しいところご覧いただきありがとうございます」とあいさつ。まずは予備知識として、本作の着想の経緯、5編の物語の撮り方の違いなどを丁寧に解説していった後に、「映画制作としてはとても少人数のチームでつくった作品であり、シンプルな自主映画なので、こうして皆さんにご覧いただけるのはすごく光栄なこと。とてもうれしいのと同時に、どうしても予算的体力的に宣伝を大々的にやれない事情もあります。ポスタービジュアルも、こだわり抜いた結果、とても気に入ってはいるのですが、これだけのキャストの方々が出ている作品なのにまったく顔が見えないので、なかなかどういう映画なのか分かりづらいかもしれません。ですから今日、映画をご覧いただいて、もしいいなと思っていただけたなら、お知り合いにご紹介していただけたら。これから上映する劇場も少しづつ増えていく予定です」と呼びかけると、会場からは拍手がわき起こった。
そしてその後は観客からの質問を受け付けることに。前日の二子玉川でのトークショーでも大勢の観客が質問のために手を挙げていたが、この日は前日よりさらに大勢の人たちが挙手。その熱量に、奥山監督も「どうしよう……」と誰を指名するか思いあぐねている様子だったが、その中でまず指名されたのは「脚本の強さ、俳優の強さ、撮り方の強さが全部重なって、すごく面白いなと笑いながら、ウワーッと感動しながら、しあわせだなと思いながら観ていました」という感想を述べた女性客。今は学校で映画を学んでいるとのことで、「この映画は自主制作の映画ということですが、撮り終わった後に、こうすれば良かったというような後悔はなかったですか?」といった自身の経験に照らし合わせた質問が。
その質問に対しては「自主制作だから後悔するということはないですが」と前置きしつつも、「自主制作であっても、依頼をいただいてつくる創作にしても、ああしとけば良かったという後悔は少なからず生まれるので、極力メモするようにしています。それを次の作品に生かしていくしかないかなと。あとは、後悔の少ない創作をする上で大事にしているのはやっぱりチーム内での信頼関係です。僕1人でできることには当然限界がありますし、演出の才能がものすごくあるわけではないですし、カメラの専門知識を誰よりも知っているわけではないですから」と返答。
「だから僕は、チームのみんなに常に意見してもらってつくっているんです。信頼を置けるような人たち、この人の意見なら聞いてみたいなと思うような方々に出会えたことはとても幸せなことです。あとは、奥山と一緒につくって良かったなと思ってもらえることが次につながると思う。信頼関係をつくりあげるということが着実にできれば、気づいたら一緒にものをつくってくれる人が周りにいてくれるようになると思います」と付け加えた。
続いては第3編に出演する森七菜さんのファンだという女性客から、彼女についての質問が。「森さんはとにかく実在性においての説得力がある」と明かした奥山監督。「脚本の文字ってが全部同じキュー数で書かれているじゃないですか。文字が大きかったり小さかったりする脚本はありませんよね。紙の上では全ての文字が均等なトーンで存在している。でも森さんはそのひと文字ずつを異なるブレスで発話している印象があります。もちろんすべての文字において、違えばいいというわけではないんですが、それでも森さんは文字の大小、浮き沈み、波動のつくり方が、ものすごく自然です。どういった台詞であっても、その役柄、今回であれば妹としての実在性をしっかりと付与して、言葉を外に出すということをやっている方だなと思います」。
さらに補足するように、「あとは勇気がありますね。そこでそうやって行動できるのかと驚かされるというか。やはりカメラがまわっていると、どんなプロフェッショナルでも、緊張はするじゃないですか。その中で感情が動いた時に、本来脚本に書かれていないことでも、これが役柄にとって最善な表現であるならば、僕の場合は演出家としてそういう流動性、即興性を取り入れたいと思っているんですが、そういったスタイルに対して勇気と確信をもって演じる瞬発力が圧倒的にある」と付け加えた。
そして最後は奥山監督が自ら脚本を書いた第4編について「昔から知っているベンチにどういう思いがあるのですか?」という質問が。それには「4話の展開はビックリさせてしまったかもしれないですね」と笑った奥山監督。「同じものを見ていても、人によって捉え方が違うということはよくあって。言葉にしても、景色にしても、世界が一面的ではなく、多面的であるということをベンチを通して表現したかった」という思いから、「僕はいかに自分が思い込んでいたのか、ということにハッとさせられる瞬間に興味があります。好きな映画監督の1人である(『フレンチアルプスで起きたこと』『逆転のトライアングル』の)リューベン・オストルンドの作品なども、自分がこうなんだと思い込んでいたような、価値観や常識をはがしてくる。そういう作品をつくれたらいいなと思ってつくっています」と語る。
さらに「虚実皮膜」というのも大きなテーマだという。「チャーリー・カウフマンが脚本を書いた『マルコヴィッチの穴』を観たとき、現実と非現実がシームレスに行き交う作品なのですが、そういった位相の変化が奇想天外と形容されるこの作品構成が、自分にとってはむしろリアルに感じ取れたんです。それ以来、現実と非現実は常に表裏一体で共存しうるということを描きたいという思いがあった。それと世界は多面体であるということ。現実と非現実がまるで相反する要素として捉えられていたとしても、その間には“あわい”があって。その“あわい”の部分にちゃんと注視すること。それは光と影であっても、喜怒哀楽であっても、点として存在するのではなく、その間には線がある。そしてその線を見つめることこそが表現だと思っていて。世界や物事や人を、どの面から捉えるのかという視点こそがすなわち作家性と呼ばれる類のことだと思うんです……」とその思いをせつせつと語る奥山監督だが、ふとわれに返ったように、「自分の解答は本当に長いですね。こんなにしゃべらないと伝えられないのかな」と笑うひと幕も。だが会場の観客は最後までその話に熱心に耳を傾けていた。